April 23, 2006

『サンマリノGP』

今回は久しぶりにF1のことをブログに・・・
それもこのサンマリノGPがとても特別なGPだから!

12年前の1994年、サンマリノで世代交代の渦中にいたのがミハエル・シューマッハ。
そして2006年のサンマリノで引退と復活をかけて、ルノーのフェルナンド・アロンソとの一戦。
新旧王者対決はプライドのぶつかり合いで、かなり白熱していた。

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12年前の事故から様々な思いを抱いて、1994、95年、2000?2004年と、実に7回もワールドチャンピオンに輝いているミハエル・シューマッハにも、体力的な苦悩が付きまとい始めた。
先日、野球選手の新庄が今シーズンで引退すると発表したけれど、彼の場合も体力的なことが1番の原因のようだ。
周りから見て分からなくても、以前までは簡単に出来ていたプレーが出来なくなる。
それがミハエルにも・・・
その為、首におもりをつけながら、ドライビングをするというトレーニングを重ねるミハエルにとって、このサンマリノGPは、フェラーリの地元でもあり、進退を問われるレースでもあり、大きな意味があった。
そして、ベネトン時代にミハエルを育てたフラビオ・ブリアトーレとの確執・・・
ミハエルがフラビオのもとを去ってから、新たにフラビオが育てたのが昨年のワールドチャンピオンのフェルナンド・アロンソ。。。

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様々な思いが交錯したこのGP。
以前マクラーレンにミカ・ハッキネンがいた頃、ミハエルとワールドチャンピオンをかけて、私的には白熱した戦いが繰り広げられていたと思う。
でもハッキネンが去った後、5年連続ミハエルがワールドチャンピオンを獲得していたため、F1が面白くなくなってきた。
ところが、アロンソが現れた。

私は以前からマクラーレンのファンのため、フェラーリのミハエルを応援していなかった。
もちろんそれはルノーのアロンソにもいえること。
でも今回はマクラーレンそっち抜けで、ミハエルを応援したい。
なんだかとっても表彰台でうれしそうにジャンプしてるミハイルがみたい!!
どうしても勝ちたい、勝たせたいというチームの思いとミハエルの思いが勝って、今回の勝利を引き寄せたようなレースだった。
ミハエルがトップチェッカーをきった時、とても胸が熱くなる思いだった。
つまらなかったF1を再び楽しくさせてくれるような、そんな2人の戦いが今季で終わって欲しくはないという思いも正直ある。

12年前、1994年のサンマリノGPでの事故・・・
F1が好きな人ならば分かると思う。
そんなにF1に詳しくなくても彼の名前は誰もが知っていると思う。
“アイルトン・セナ”

1994年の事故・・・


アイルトン・セナのいたウイリアムズの新車の開発は遅れ、さらにシャシーに問題があり苦戦を強いられた。
セナ自身も、このマシンの改良作業に多くの時間を費やし、疲れ気味だった・・・

金曜の予選、同郷のバリチェロがバリアンテ・マールボロ コーナーで縁石に乗り上げ、宙を浮いたままタイヤバリアに激突。
バリチェロは一時意識不明になるほど大きなクラッシュだったが、幸いにも鼻を骨折しただけで済んだ。

バリチェロの事故から約24時間後の土曜の予選・・・
ローランド・ラッツェンバーガーが高速のビルヌーブ コーナーでクラッシュ。
モノコックが裂けるほどマシンは大破した。
ヘリコプターで病院に運ばれたが、約1時間後に死亡が確認された。
その後予選は再開されたものの、ほとんどのチーム・ドライバーが棄権したため、金曜日の予選でトップだったセナがそのままポール・ポジションを獲得した。

決勝レース前、昨日亡くなったラッツェンバーガーに黙祷が捧げられた。
そして決勝レース。
セナは好スタートを切り、シューマッハー以下を抑えるも、ここでも事故が発生。
スタートできなかったレートの後ろからラミーが追突。
マシンは大破し、その際にホイールやシャシーの破片が飛び散り、観客が重軽傷を負うこととなった。
その後コース上がクリアになるまでセーフティーカーが先導。

5周を終えた時点でセーフティーカーはピットに戻り、レースが再開。
セナとシューマッハーの2人は3位以下を引き離し、1秒前後の間隔で再びホームストレートに戻ってきた。
そして7周目。
セナはホームストレートからシューマッハーを引き離し、加速しながら左に曲がっていくタンブレロコーナーへと進入した時、中継の画面はシューマッハーの車載カメラの映像を映していた。
その時シューマッハーの車載カメラから、前方を行くセナが右にそれ、コースから消えた。
セナがタンブレロコーナーを直進しコンクリートウォールに激突。
クラッシュ直前の速度は210?220km/h・・・
セナのマシンはコース脇に停止。
左半分はほとんど原型のままでコックピットも無事であり、セナの頭部がかすかに動いた。
それ以後、セナの身体は動くことがなかった。
そのままヘリコプターで市内の病院へ運ばれた。

セナは一時、心肺停止の状態にあったが、病院に着く頃には弱いながら脈を取り戻していたものの、昏睡状態にあった。
脳機能の停止、その後心臓の停止が確認された。
事故後、前日に亡くなったラッツェンバーガーの出身国であるオーストリアの旗がセナのコックピットから発見されたという話もある。

セナの事故後にレースは再開され、セナの親友でラッツェンバーガーの先輩でもあるゲルハルト・ベルガーはレースを途中で棄権。
優勝したシューマッハーも表彰台で笑顔がなかった。
そしてセナのサンマリノGPの成績は、7周目に事故に遭いそのまま赤旗が出され、記録上はその2周前の5周終了時点でリタイアとなった。

私はこのGPを家のテレビで観ていた。
三宅 正治アナウンサー、今宮 純氏、川井 一仁氏の涙ながらの実況中継は、それぞれの感情が強く入っていたレポートだったために、後に一部の関係者からは批判を受けることになる。
皮肉なことにこの日の中継が、深夜帯のF1中継で過去最高視聴率だったそうです。

このGPの結果は、1位がミハエル・シューマッハ、2位ニコラ・ラリーニ、3位ミカ・ハッキネン、4位カール・ベンドリンガー、5位に片山右京、6位デーモン・ヒルでした。

アイルトン・セナのことが大きく取り上げられているけれど、前日の予選でのローランド・ラッツェンバーガーの死を忘れてはいけないと思いました。

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コメント一覧

1. Posted by BlogPetのまめぞう   May 10, 2006 10:32
サンマリノで大きいサンマリノGPなどを引退しない!

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